裕坊パイロット日記 2025年8月
米国航空会社、副操縦士の裕坊です。
8月も下旬に入り、いよいよ夏休みも最終章。息子くんが通う大学では、いよいよ夏休みも終わって3年目の講義が始まりました。
賃貸式の貸倉庫まで使って荷物を預けていた息子くん。新居となるアパートへ荷物を詰め込む作業にかかること1日半…義両親の手まで借りた上でようやく荷物だけは運び込みましたが体力を使い果たし、昼食はガッツリ韓国レストラン…
チジミに、
チャプチェ、
そしてさらにガッツリ、ビビンバ丼…
見事に完食しておりました。
アメリカの大学の夏休みは長く、およそ3ヶ月にも渡ります。函館地方に匹敵する緯度にあるデトロイト地方。夏休みが終わる頃にはすっかりと気温が下がることも多く、底冷えをすることすらあるほどで、
気温は朝晩は10度台にまで下がることすらあります。8月でありながら、長袖シャツを着る日もありました。
万博開催の年でもあり帰国の機会もうかがった裕坊でしたが、アメリカで夏を過ごすことを選択して、有給には家族で久しぶりに車で遠出。
向かったのはテネシー州南部の中規模都市チャタヌーガ。かつて鉄道の起点として機能していた駅舎跡などもあります。
大自然がお隣に位置するチャタヌーガ到着後、まず訪れたのはルビー滝。
滝と名付けられていながら、実際には小高い山を車で登って観光案内所横からエレベーターで約80メートルほど地下へと潜り、鍾乳洞を歩いて滝へと到達するという不思議な滝です。
鉄道の建設とともに遮断されてこともある鍾乳洞は、南北戦争時には病院、避難所としても利用され、ギャングの秘密の隠れ場所などとしても活用されていました。レオ・ランバート青年が10年に渡る掘削の末、地下を流れる小川に落差のある滝の発見に至ったそうです。
エレベーターで地下へと降りてガイドに案内されながら歩くこと、およそ800メートル(あくまで感覚でしたが…)の距離。
終点まで歩き着くと、そこには洞窟内としては世界でも稀な水流の激しい滝が流れています。探検の直前に高校時代の恋人と結婚していたレオは、妻であるルビーの名を取り、ルビー滝と名付けられました。
チャタヌーガ一帯はアパラチア高原の南西、カンバーランド高原に位置することもあり、チャタヌーガから南西へと車で5分ほど走ると、付近の観光地として有名なルックアウト・マウンテンがあります。標高は600メートルほどしかないので、車で簡単に丘の頂上まで辿り着くことはできますが、
ケーブルカーを使って登ることも可能。丘の頂上からの眺めはなかなかの景色で、紅葉の時期は色とりどりの葉が幻想的な風景を醸し出します。このケーブルカーはインクライン鉄道と呼ばれ、駆け上がる急斜面の斜角度は何と最大で72度で世界一。
地上駅付近はまだ比較的平坦…
車両内では坂を見下ろす形で座るのですが、
上へと上がるに連れて、勾配は急になリます。
座席は背もたれも含めて固定式…傾斜角がキツくなると自然と前傾姿勢になるので、傾斜角度を実感することに…
ケーブルカーは全く同型の2車両がケーブルで繋がれた上で、お互いにバランスを取り合うのが基本。斜面の中腹にやってくると複線になり、もう片方の車両とすれ違います。
勾配は山頂駅に近づくに連れてさらに角度を増します。
最大傾斜角、72度…最悪の事態を想定し、ケーブルが切断した場合などでも車体が斜面を転げ落ちないよう、3重にも4重にも安全対策が施されているのだとか…
丘の頂上からルックアウトマウンテン展望台があるロックシティへ徒歩で向かうことも可能なのですが、距離がやや離れているので車が圧倒的に便利。
頂上駅でケーブルカーが発着する様子を何度か眺め、 お土産屋を散策した後は、
往復券を利用して下山しました。
次にやってきたのが、展望台があるロックシティ。
こちらも丘の上まで車で到着。中を入ると途中まで庭園が広がり、岩場を抜けるように吊り橋などを渡ります。
目の前に広がるのが展望台。
お天気がいい日は、南からアラバマ州、そこから反時計回りにジョージア、サウスカロライナ、ノースカロライナ、バージニア、ケンタッキー、テネシー州と7州を同時見渡すことができます。
展望台には、7州のそれぞれの州旗が掲げられておりました。
展望台付近の岩の中腹からは滝も流れていますので、帰り道でそちらを拝むことも可能。
チャタヌーガのダウンタウン付近で数日宿泊したあとは、
こちらは19世紀後半、鉄道が隆盛を誇っていた頃、チャタヌーガからシンシナティまで直通で運転されていた鉄道駅舎跡。
かつての鉄道車両も、静態保存で停泊しています。
デトロイト方面へと戻る道すがら、ケンタッキー州の中部にあるマンモスケーブ(Mammoth Cave)にも立ち寄ってきました。
洞窟の入り口もとても大きく、夏の30度を超える気温の下では、入り口付近では寒いくらいの冷風が吹きつけてきます。ガイドさんはこれを「自然の冷房」と称しておりました。
マンモスケーブとは日本語訳で「どデカい洞窟」。その名が示す通り洞窟の全長もとてつもなく長く、2025年現在発見されているだけで660キロで世界最長。
新たな通路や他洞窟との接続箇所が今も発見され続けていて、毎年少しずつ全長は伸びているそうです。
地形的に地下水の浸透もかなり激しく、それによる地形の変化や侵食なども起こっているのだとか…
近隣には遊歩道がたくさん整備されているのですが、
鍾乳洞へと入る水路を垣間見ることもできていました。
途中では野生の鹿にも遭遇…
ここでは大自然の中の一戸建て型の宿泊施設に家族で泊まり、
夕食には、炭火バーベキュー。
夜にはマシュマロを焼くなどして、
家族団欒のひと時を過ごしておりました。
1週間の有給休暇を取得した夏休みも、いよいよ終わり…
9月はまた日常へと戻ります。
次回は9月にお目にかかります。
裕坊パイロット日記 2025年7月
復興真っ只中のミシガン州デトロイト。ダウンタウン周辺は区画の再整理から、放置建築物の解体、真新しいビルの建設などが進み、以前に比べると治安は格段に改善して、全米でも最も危険とされた都市の順位からも下がることになりました。(2024年度は第5位、ちなみに全米ワースト1位はテネシー州メンフィスとなっています)
現在ではハイブリッド型路面電車も走るようになりました。
デトロイトダウンタウン内にある、タイガースの本拠地球場、コメリカパーク。
グラウンドが掘り下げ式になっているので、1階観客席は内外野とも階段を降りる仕組みになっているのが特徴。
本塁から外野フェンスまでが全米の球場でも広い部類に入るため本塁打が出にくく、その分投手が育ちやすい環境にあります。ジャスティン・バーランダー投手、マックス・シャーザー投手などがその好例。昨年では左のエース、タリック・スクーバル投手がサイ・ヤング賞受賞。
一昨年はエンゼルス所属時代の大谷翔平選手が、ここコメリカパークにてメジャー初完封を成し遂げました。
そして街の復興のシンボルとして加わったのが、昨年再開業に至ったかつてのデトロイト中心部の鉄道駅、ミシガンセントラルステーション。
1988年に鉄道の衰退とともに閉鎖になり、その後30年に渡って放置された状態になっていました。
2018年にフォード自動車によって買収され(買収金額は9千万ドル、当時の為替レートでおよそ110億円)、6年をかけての修復作業後の再開業となりました(鉄道駅としての再利用は厳しい状況になっています)
内装の修復作業は、非公開で現在も進行中。
ほぼ30年に渡って放置状態にあったかつての鉄道中心駅の地下には、350万トンもの水が溜まり、初期復興作業は一筋縄ではいかなかったのだとか…
2025年7月現在、入場料は無料。毎日8時から夕方5時までの営業になっています。
ここ1週間ほどは朝晩が涼しいデトロイト地方ですが、先週までおよそ2週間に渡って30度超えの暑い日が続きました。そしてブログ投稿翌日はまたも高温注意報が発令になり、最高気温35度の予想になっています。
デリラ豪雨にも毎日のように見舞われていたデトロイト近郊。目を眩ませるほどの閃光が光ることもありました。
雷雲は旅客機にとっては大敵。入道雲内では上昇気流と下降気流が激しく入り乱れるので、大きく発達した雷雲の中に誤って入ろうものなら、旅客機は機体に大きな損傷を負うことが避けられません。迂回は必至になります。
雷雲発生時は航空管制によって離陸停止措置を敷かれることも多く、遅延が発生、乗務員の勤務予定にも大きな影響が及びます。
アメリカでは搭乗口の施錠後、3時間以内に離陸しなくてはいけないという規定も存在し、出発後2時間経っても離陸の見込みが立たない場合は、出発ゲートへと引き返す措置も時として取られます。
先日は毛布状の積乱雲がシカゴ付近を覆い、オヘア空港が実質離着陸不可能な状態へと陥って、欠航便を多く出しておりました。
デルタ航空の本社、アメリカの南部にあるアトランタでもほぼそんな状況下では雷雲は避けられません…
遅延が各旅客便に付き纏い… 乗務員が規定の拘束時間制限に引っ掛かり、勤務予定変更も頻繁に発生します。
そんな時は、他便から乗務員を振り替えて補うことも日常茶飯事。2時間以上の地上待機予定が入っている乗務員などが振り替え対象になるのはよくあることで、先日は裕坊が5日勤務中3回の担当便変更になりました。
そんな時はコンコース間の移動を大抵の場合伴います。
この時はアトランタ空港内のコンコース間のトンネルを潜って、CコンコースからDコンコースへと移動。
ちなみにアトランタ国際空港は、現在Dコンコースが改装工事の真っ最中。
国内線用のコンコースとしては真っ先に、高くて開放感溢れる天井が導入になり、既に一部では運用も始まっています。
当日やってきたのは、ノースカロライナ州の金融都市シャーロット。
アメリカン航空の基幹空港の1つで、最近では急激に運航便数が増えて、誘導路とともに旅客ターミナルの急激な拡張工事が行われています。
外部点検中の一コマ。夏季は過酷な条件な中で運航頻度が高い状態が続くので、当然機体にも大きな負荷がかかります。
お隣のゲートに停泊中のボーイング717型機。エンジンのカバーが開けられた状態になっていて、整備士さんが故障箇所の修理にかかりきりになっておりました。
数年前と比較すると、旅客ターミナルの総面積はほぼ倍近くになっているシャーロット・ダグラス国際空港。
大きな敷地面積を持つ空港では、搭乗手続きカウンター、保安検査場、ターミナル出口等が分散されることも多いのですが、シャーロット空港はほぼ1箇所に集約されています。
保安検査場を通過すると、まずはフードコート横を通過。
種類が豊富なので、食事の調達で困ることはありません。
バーベキューにハンバーガー、サンドイッチ、お寿司など選択肢が多いのが特徴。
フードコート横を通過して、各コンコースへと移動するのですが、
これが遠い…
特に昨年になって開業したデルタ航空が運用中のコンコースは北へと大きく離れているので…
動く歩道をいくつも乗り継ぐことになります…
Aコンコースの中でも最も北の部分を運用中のデルタ航空。
6つの動く歩道を乗り継ぎ、やっとのことで北端へと到着します。
かつてアメリカン航空の主力機として活躍していたMD-82型機(登録記号:N481AA、2017年にて退役)の尾翼部分の展示が目印。
その先にあるA30番代の発着ゲートを、デルタ航空は現在運用しています。
保安検査場を通過後、最低でも15分、混雑の中ですと優に20分はかかりますから、シャーロット空港からデルタ航空、また同コンコースを供用しているスピリット航空、フロンティア航空をご利用の際は、早めにお出かけしておいた方がいいです。
お天気による影響で拘束時間が長くなり、体力を削られていた5日間。写真にあるセントルイス空港への到着の際にも、入道雲の横を掠めるような滑走路への進入でしたが、
こんなご褒美が待ち受けておりました。
次回は8月にお目にかかります。
裕坊パイロット日記 2025年7月
米国の航空会社に勤務する副操縦士、裕坊です。
航空会社では、国内線でも機材の運用から時折30時間の宿泊滞在が入ります。
上の写真は、ニューヨークの鉄道が一堂に介するグランドセントラル駅。ニューアーク空港に到着しての30時間滞在でした。
5月の戦没将兵追悼記念日の週末では、家族を連れてブルックリンまで。
ユダヤ系の住人がとても多い地域の中に佇む、老舗のステーキハウスがこの時のお目当て。
骨付きのステーキが熱々のままに提供されます。
ただしお会計は、米国内で発行されたデビットカード以外は、全て現金による支払いになるので要注意です…あとお値段もかなり高め……
この日の気温は最高でも25度と快適なお天気でした。
そしてつい最近になって入った、同じニューヨーク滞在の1日。
当日の気温は最高で35度にまで上がり、
裕坊はニューヨーク公共図書館で、涼んだりしておりました…
デザートには、クリームが厚くたっぷりと入ったドーナツにコーヒー…
当日のニューヨークは湿度が低く、日陰に入ると比較的凌ぎやすい気温で、命の危険を感じることなどはありませんでしたが、さすがに35度を超える猛暑日となると、航空機の運航には影響を少なからず受けることになります。
航空機が空中で飛行させるために必要となる揚力、推力の原力は空気(気体)分子。(推力には、これに燃料と火花とが加わります)
気体分子の絶対数に比例して航空機の飛行性能は上がるのですが、空気密度が低くなるとエンジンや翼面に得られる気体分子の密度は下がるため、相対的に揚力、推力も低下することになります。
各航空機ごとで限界上昇高度が定められているのは、高高度での空気は薄くなり、一定の高度よりも安全には上昇ができなくなるため。
同様に気温が大きく上がってしまうと空気の密度は下がりますから、空力学的性能に大きく影響を及ぼします。
特に顕著なのは離陸時。
エンジンの出力は下がって加速性能は下がり、離陸に必要な速度に達するのに時間がかかりますから、離陸滑走距離は伸びることに…
離陸後も空気密度が低い中での飛行になりますから、当然上昇性能は上がらず上昇率は下がり、加速にも時間を要することになります。
つい最近、ミネアポリスからニューアークへと向かう便で、こんなことがありました。
この時はニューアーク地方の天候が不安定で、雷雲がやや残った状態。燃料を余分に搭載し、さらに客席は全席満席。ほぼ最大離陸重量で離陸をするという極めて稀な運航便でした。
通常の離陸では、実際にはエンジンは最大出力にすることは極めて稀で、最大出力からおよそ5%、もしくは10%ほどを節約した状態で離陸します。
ところがこの便では全く遠慮をすることなく、エンジン出力を全開にした状態での離陸…
離陸時に片肺状態に陥った時を想定して、1基のエンジンでも飛行可能な推力を保つための措置でした。
そして通常時の離陸とは違った条件だった項目がもう1つ…
機内の温度を一定に保ち、快適に過ごすことができる気圧を保つために、エンジンに取り入れられた圧縮空気の一部を機内へと送り込む装置があるのですが(これを与圧装置と呼びます)、
ジェット旅客機のエンジンからの出力は、一基だけが動作している状態でも離陸が可能なほどに高いので、通常時であれば与圧装置を稼働させていても離陸性能にはほとんど影響がありません…
ところがニューアーク行きとなったその便では、与圧装置を一時切断した状態で離陸…
全長がミネアポリス空港では最も短い滑走路からの離陸だったこともあり、エンジン出力を全稼働させた上での離陸になっていました…
これも片方のエンジンが故障しても安全に離陸上昇する性能を保つため…
高気温時での離陸というと、先日大惨事となってしまったエアインディア171便の離陸時も43度という高温でした。
ただ気温が直接の原因になったとは、現時点では非常に考えづらいです。
ただしRATとも呼ばれる、緊急のタービン装置が稼働した状態になっていましたので、2基のエンジンが故障していた可能性は十分にあります。
最近ニュースで何度か取り上げられたのが、ラム・エア・タービン(Ram Air Turbine)ことRATが事故機で稼働していたこと。
これは発電機能や油圧系統が全故障を起こして不動状態に陥った時に、胴体から反り出されるプロペラ装置。
多くの旅客機では主脚の後ろに格納されていることが多く、エンジン故障などによって発電機能、油圧系統が作動しなくなった時に緊急稼働します。
プロペラが回転することによって発電機などが稼働する仕組みは、実はターボプロップ機と全く同じ仕組み。
先日のエアインディア機でも、プロペラ機と全く同じ音を奏でながら高度を下げる様子が撮影されていましたので、エンジン出力は相当に下がっていた可能性は非常に高いです。
既に機体の一部に加えて、飛行時の飛行記録を収めたフライトデータレコーダーなども回収済み。
事故原因の究明を待ちたいと思います。
離陸直後にエンジンが両基とも停止してしまうと、どれほどに優秀なパイロットといえどもできることは限られます。事故機を担当した機長さんも、無念の思いだったと想像します。事故で亡くなられた方には、心からご冥福をお祈りいたします。
次回は7月にお目にかかります。
裕坊パイロット日記 2025年5月
米国航空会社に勤務する副操縦士、裕坊です。
就学期間が実質8ヶ月ほどしかないアメリカの公立大学。4月には授業はほとんど終わり、試験が終わると5月初旬には夏休みへと入ります。息子くんは大学の2年目を修了。アパートを引き払って荷物の一部をレンタルスペースへと預けてきました。
他の学生も次々と荷物の預け入れに来る中、親もカゴを引っ張りだしてのお手伝い…
デトロイト地方でも比較的暖かい日が多くなり、時には25度近くになることもあります。ただ5月のアメリカ中西部は寒い週と暖かい週とが交互に訪れることも多く、気団が擦れ合うところでは前線が発生して、入道雲が上がることも少なくありません。 先日は担当した3便全てが、お天気の影響で通常の飛行経路からの大きな迂回を余儀なくされていました。
デトロイトからミズーリ州セントルイスへの往復便の航跡。大きな積乱雲がインディアナポリス周辺に上がっていて、両便とも大幅に北回り…シカゴ付近でも大きな積乱雲発生していて、シカゴ・オヘア空港へと向かう便が軒並み上空待機を課せられる日にもなっておりました…
そして当日の最終便、ニューアーク行き。遅延およそ30分。
遡ること2週間前に担当した、ミネアポリスからのニューアーク行き。遅延は1時間30分…
この時もお天気の影響は若干あったものの、直接的にはニューヨークの航空管制の機能低下に影響されての迂回になっていました。通常はニューヨーク拠点の航空管轄センターの空域を通ってニューアークへと向かうのですが、この時はボストン管轄空域を経由…
定刻から1時間27分遅れての到着になり、到着時刻は午前1時を回っていましたが、当日は日中の遅延時間がなんと4時間22分…裕坊が担当の便もすぐには離陸許可を与えられず、離陸前におよそ1時間の地上待機が入っておりました…
日本でもニュースで取り上げらていますが、ニューアーク空港では航空管制機能が大幅に低下しています。お天気などの影響がある時は、ニューヨークへ向かう旅客便が1〜2時間遅延するのは珍しくないのですが、さすがに4時間を超える遅延は稀…
原因になっているのは、航空管制を司るシステムの老朽化と人員不足。
特に航空管制で使用されている装置は老朽化が顕著で、
現在でもフロッピーディスクが現役として使用されているのは、先日ニュースでも取り上げられたばかり…
レーダー機能もかなり経年劣化による老朽化が顕在化していて、一時的に各航空機の位置の把握ができなくなるなど、経年劣化が隠せなくなってきました。
航空管制官の慢性的な不足も表面化しつつあります。全米でおよそ3,000名が足りないとされ、長時間労働を余儀なくされる環境になっているそうです。
ニューアーク管制区ではたびたびレーダーの機能停止などまでが発生し、職場環境に愛想を尽かして退職した人もいたのだとか…
さらに要因として重なったのが、ニューアーク空港の主要滑走路の工事…
200トンを超える大型旅客機が頻繁に離着陸する空港では、滑走路のコンクリートの定期的な張り替えは必至…
主要滑走路の工期が以前からこの時期に予定されていて、遅延に拍車をかけることになりました。
並行滑走路のうちの西側の滑走路(4L/22R)が通常は離陸用として供用になるのですが、工事のため閉鎖中。
施設の刷新と人材補充は一朝一夕では到底解決できないので、当面はニューアーク空港発着の便数を制限することで乗り切ることになりました…
全米の各主要空港の受け入れ可能な発着便数は、滑走路1本につき平均的に1時間約60便。それをおよそ半数となる30にまで減らした上で対応することになるそうです。
ニューアーク空港を基点空港の1つとして運用しているユナイテッド航空は、既に1日40便の減便を実施して対応しています。現在でもレーダー機能障害はたびたび起こっていますので、さらなる減便も必要になるかも知れません。
2023年8月に新Aターミナルが開業し、空港ターミナル施設の刷新は続いていますが、航空管制設備の刷新も急務になっています。
ちなみにニューアークでのデルタ航空の契約先ホテルは3ヶ所。通常は大都市でも2ヶ所の契約になるところ、3つのホテルとの契約が交わされる珍しい空港になっています。短時間滞在における宿泊先は空港最寄りのホテルで、13時間以上17時間未満の比較的ゆったりの滞在の際は、ハドソン川の西にあるニュージャージー州側で宿泊。
ハドソン川の向かいに高層ビル群が見える立地のホテルに宿泊しています。
ホテル付近には川沿いのボードウォークなどもあり、お天気が良い日は高層ビル群を眺めながらゆっくりと過ごすことも可能。
ニュージャージー州は、中西部に比べると物価は比較的高めではありますが、マンハッタンと比較すると明らかに安め。ハドソン川の地下を通ってマンハッタンへ10分ほどで行けてしまう地下鉄(Path train)がありますので、ニューヨーク周辺で比較的安価で宿泊したい時には、選択肢として考慮しておくのもいいかも知れません。
ジャージーシティと呼ばれるハドソン川沿いの都市からだと、世界貿易センターの真下まで繋がる路線と、タイムズスクエアへと直結する2路線があります。
街並みはニューヨーク周辺とよく似ていて、
くら寿司もあります。
17時間以上の長時間滞在の時は、マンハッタンでの宿泊。
今年に入って契約ホテルが変更になり、現在はグランドセントラル駅直結のホテルに宿泊するようになりました。
立派な駅舎のグランドセントラル駅構内。
厳かな駅舎を保ちつつも、鉄道駅としての機能が失われる都市が多いアメリカにあって、今も鉄道の拠点としての機能を保つグランドセントラル駅。
路線数も豊富。
クイーンズを経由するロングアイランド鉄道は地下深くからの発着で、プラットホームへと続くエスカレーターは、東京駅の総武線地下ホームへと続くエスカレーターさながら。
30時間滞在が入る時もあり、その時は1日ニューヨークで過ごすことも可能。先日は縁あって、ニューヨークに長く滞在している現地日本人の方にお会いする機会にも恵まれました。
当日は快晴でブルックリンから拝むマンハッタンのビル群を見る景色が絶景。
川沿いには憩いの場となる公園(ガントリープラザ州立公園)などもあり、
気持ちのいい日差しの中で、ゆったりと過ごす人で賑わう1日でした。
また6月にお目にかかります。
裕坊パイロット日記 2025年4月
米国航空会社に副操縦士として勤務する、裕坊です。
例年と比べるとやや肌寒い日が続いていましたが、桜は4月中旬頃から見頃になり、綺麗なお花を咲かせておりました。
もうすぐ5月。
まだ5月といえば気分的には春ですが、アメリカのほとんどの大学では学年度が5月の初旬には終了してしまいます。アメリカの大学での2年目を終了し、我が息子もアパートを引き払って、しばらくの間の帰宅します。ただアパート生活をするに当たって家具を一部調達するなど、荷物がかなり増えていたので、夏休み中はしばらく不要となる冬服などを納めておくのに、ストレージと称されるレンタルでの荷物置き用のスペースを借りることになりました。
アメリカでは至るところに、スペースレンタルの会社が点在していて、企業、個人がそれぞれの用途に応じてしばらくの期間不要となる持ち物をしまい込んでおきます。
スペースの形態も様々。屋外から直接レンタルスペースに入り込める形式のものもあれば、
事務所の横や倉庫などを通り抜けた上で、屋内へと持ち物を運び込むタイプのスペースも。
危険物や腐食やカビの原因となる生鮮食品など、一部の例外を除くと持ち込み品にも大きな制限はなく、一時的に不要となるものはほとんど何でも持ち込みが可能で、
レンタル用スペースの大きさも大小さまざま。 中には学生向けの一時的なレンタルを対象にした小スペースのレンタルも可能です。
夏休み限定になるので、学生向けのレンタルに特化した地元のストレージ会社と先日契約。
4ヶ月レンタルの期間限定で、息子の最終試験終了とともに、引っ越し作業を手伝うことになりました。 契約後は、そのレンタルスペースの通りの並びにたまたまコーヒーショップを見つけ、
しばしの休憩。
コーヒーショップがかつてトラックで販売していたものと思しきロゴ入りクラシックワゴン車に、
昭和世代には懐かしい、ダットサンのトラックなども止まっておりました。
左ハンドルで、北米用に生産された一台なのでしょうが、AMラジオのみのオーディオなど、昭和の雰囲気がしっかりと漂っておりました。
春の季節は暖気と寒気とが交互に入れ替わるため、前線が発生してお天気が不安定になることも少なくなく、特には冬型のお天気と夏のお天気とが1日の間に混ざり合う日も発生します。さすがにこの季節は積雪を観測するのは本当にごく稀ですが、積乱雲を避けるのは、旅客機にとっては大前提。
稲妻や雷鳴を伴う大きな入道雲になると、最大に発達した段階では上昇気流と下降気流が激しく交じり合い、旅客機がその中を通過すると大きな揺れを起こします。
中には機内ドリンクサービスに使用される通路用カートが上下反転したことなどがあり、
野球ボール大に発達した雹が直撃して、機体が損傷した事例などもありました…
旅客機の巡航高度を遥かに上回る高度にまで発達することも珍しくないので、積乱雲の位置を把握するのは、パイロットの重要な任務の1つになります。
日中、局地的に発生している入道雲であれば、目視で位置を把握することが可能ですから、迂回もそれほど難しくはありませんが、
夜間であったり、範囲がとても広い雨雲の中で囲まれるように発生している積乱雲の位置を把握するのは、目視では容易なことではありません。
そんな時に頼りになるのがレーダー装置。
航空管制が各航空機の位置、高度を把握するために日常的に使用されるレーダー装置。
ちなみに航空管制用のレーダー装置では、一旦航空機側が航空管制からレーダー波を受信して、航空機側から便名と高度情報が航空管制のアンテナへと返信される双方向性電波が使用されています。
レーダーの装置の基本とは、物体の把握。実は水の粒をも感知できる性質があり、雨粒からの返信波の受信も可能になります。
雨粒が大きなればなるほど返信波の返りも大きくなるので、激しい上昇気流を伴い、大きな雨粒を多く含んだ大型の積乱雲の把握には大きく役立ちます。
現役のジェット旅客機にはほぼ例外なく雨粒感知用のレーダー装置が機首に装備されていて、
積乱雲発生の予報が発令されている際には、レーダー装置を稼働させて、入道雲の位置と強度とを感知します。
現代の旅客機では、航法装置用の画面に通過地点や各空港の位置とともに表示されることが多く、
操縦席では、このように画面に表示されます。赤色と紫色で表示されている部分が、大型の積乱雲の位置。ただ航空機同士の空中衝突を防止するために、迂回をする際は、各航空機は航空管制に迂回の要請をしなくてはいけません。大きな積乱雲が発生する時期になると、迂回の許可を求める各航空機の交信で航空管制が混雑しやすくなります。
最近でも大きな入道雲の発生で、大きな迂回を余儀なくされたかと思えば…
空港上空に大きな入道雲が湧き上がって、上空待機を課されたことなどもありました…
暑い時期でも大気が安定していれば大きな雨雲の発生は稀なのですが、ちょっとでも大気が不安定になると、特に南部では積乱雲が上がりやすく、これからおよそ半年間、パイロットにとっては大きな雨雲とお付き合いの時期になります。
次回は5月にお目にかかります。
裕坊パイロット日記 2025年3月
米国航空会社に勤める副操縦士、裕坊です。
米系航空会社の3月期(2025年第一四半期)の決算予測が先日発表になりましたが、売り上げ予測は各社とも従来予測の約半分に引き下げ。当初は1株あたり利益を1ドルと見込んでいたようですが、30-50セントへと引き下げることになりました。
企業、一般個人ともに消費が冷え始めていることに加え、ここ最近の航空機事故も影響を与えているとの見解。特に小型旅客機にとっては不遇の年になっています。
先日はカナダ・トロント空港でリージョナルジェット機が着地時に右翼を地面に擦り、機体上下が反転した状態で停止するという事故も発生しました。
かなりの衝撃だったと想像しますが、死者が出なかったのは不幸中の幸いでした。
着地時に右翼の先端が擦って機体が逆さまになってしまいましたが、着陸進入時の姿勢は横風が強い時の基本に沿っていたように裕坊には見えました。
横風が強い時に機首が滑走路に正体したままだと、風の影響で滑走路の中心線から機体は流されてしまうので、着陸降下中は風上に機首を向けた状態で滑走路へと近づきます。
そして着地寸前にほんの少し(2度から3度くらい)風上側の主翼を下げて、風上側から着地するのが横風着陸に必要な操縦技術。
これで、風上側の主翼が突風などで持ち上げられるのを防ぎます。
トロントで上下が反転した機体の場合、着地の衝撃が大き過ぎて、その結果右翼が地面に接触したように裕坊の目には映りました。
やや衝撃が強めの着地でも旅客機は耐えられる構造になっているので、何らか別の要素が同時に絡んだものと想像しています。事故の詳細な調査には通常1年から2年を要するので、最終報告を待ちたいと思います。
この便を運航していたのは、デルタ航空の子会社、エンデバー航空。裕坊自身、この会社には16年もお世話になりました。本社はミネソタ州のミネアポリス。
アメリカの大手航空会社は大小さまざまな機種を抱えます。地方の就航地など需要が小さい路線には客席数70ほどの小さな航空機が投入されるのですが、実はその路線を担当しているのは、大抵の場合別会社(地域航空会社、リージョナル航空会社と称されます)。アメリカの大手航空会社運営の面白い側面の1つなのですが、この体制は30年ほど変わっていません。
塗装だけ見ると大手航空会社の機体と変わらないので、業界に詳しい人でない限りすぐには見分けがつかないのが特徴。
ただかつては星の数ほど存在した地域航空会社は減少の一途で、デルタ航空が提携する会社はエンデバー航空を含めて現在3社に絞られています。 かつてはかなり小型の機材が投入されていました。
圧倒的な数を誇ったのはボンバルディエ社のCRJ。50名仕様で全席エコノミークラス。
そしてもう1つの代表格がブラジルのエンブラエル社のリージョナルジェット機(ERJ145)。こちらも客席数は50。
両機とも座席を無理やり詰め込んでいるので、到底快適とは言い難い機内でした。
プロペラ機も当たり前に存在していた2000年代。
これらも地域航空会社による運航でした。
現在は50席仕様は大幅に減っています。最近の地方路線の主力になりつつあるのは、E175型ジェット機(最大76席)。
エンジンが主翼下に取り付けられる一般的な旅客機と同型。機内の快適性は大幅に向上し、ファーストクラスも装備されています。
50席仕様も大幅に快適性が向上。70席仕様として投入されていた全長が長めの機材内装が改修され、
ファーストクラスも装着された上で、機内の開放感が得られるようになりました。
最初の導入はユナイテッド航空。デルタ航空でも14機が投入され、ソルトレイクシティからの一部の地方路線で運用されています。
かつてはパイロットにとっては、地域航空会社といえども高嶺の花でした。
2000年代はパイロットが溢れ、航空会社にとっては買い手市場。
当時のお給料は到底生活が成り立たないほどに低く、 ニューヨークやロサンゼルスなどの大都市で生活費が払えない若いパイロットが集ってアパートをシェアする、なんてのは序の口…
休日にマクドナルドでアルバイトして生活費を賄っていたなどという逸話も残っています。
あまりの劣悪な労働環境に嫌気が差して、航空業界そのものを去った人も少なからずいました。
現在では航空会社とパイロットの形勢は逆転。裕坊が入社した当時とは比較にならないほど給与は上昇、福利厚生も大幅に充実したものになっています。
また地域航空会社にて一定の要件を満たすと(機長として1,000時間乗務、などが一例)大手航空会社に転籍できる仕組みを導入している航空会社も増え、労働環境は大幅に改善されました。
ただ会社自体は、大手航空会社の下請け的な存在になるため、どうしても利益確保が難題になるのが宿命。
そんな中、最近になって、とある1社が存在感を示しました。
ユナイテッド航空の下請けとして過ごした期間があったかと思えば、
アメリカン航空のみとの契約へ鞍替えするなど、それだけでも十分に存在感があったのですが、
保有機材が50名仕様のみという、やがて消え去る運命の機材のみの保有というのは、大きな不安要素になっていました。
実はアメリカン航空とは地方路線就航の5年契約を2023年3月に締結していたのですが、驚くことに2025年4月3日運航便を最後に一部破棄することを決断。
今後のビジネスの主体を、チャーター便、さらに政府からの補助金で運営されている小規模人口の町への運航便(これをアメリカではイセンシャル・エア・サービス(EAS:Essential Air Service)と呼んでいます)へと鞍替えするそうです。
イセンシャル・エア・サービス運航便には、大抵乗客数10名程度のプロペラ機が投入されますが、
中には50名仕様のジェット機が投入されている例もあり、
安定した会社運営の実績を示す会社もあり、
そこに目をつけて決断に至ったということなのだと思います。
ただEASと称される運航便は、政府からの補助金支給が絶対条件。
政府支出の削減に躍起になっているトランプ政権の元で、イセンシャル・エア・サービス運用費の削減がないことを祈るばかりです。
次回は4月にお目にかかります。
裕坊パイロット日記 2025年2月
米国航空会社に勤務する副操縦士、裕坊です。
年明けになって続いている航空機事故。1月末にアメリカの首都、ワシントン近郊で起きた旅客機と米陸軍所属のヘリコプターによる空中衝突では、合計で67名の方が亡くなる悲しい事故となってしまいました。心よりご冥福を申し上げます。
国家運輸安全委員会(NTSB:National Transportation Safety Board)によって、通称ブラックボックスと呼ばれるコックピットボイスレコーダー、フライトレコーダーなどは既に回収され、
飛行時の音声データ、飛行データなどの解析が進みつつあり、
事故調査委員会によって、解析が終わっているデータが発表になりました。
これは旅客機側から見た角度を示すもの。レーガン空港の北北西向きの滑走路にほぼ正対した状態で、機体の右舷側にヘリコプターが衝突。
こちらは衝突した大まかな地点を示しています。レーガン空港からおよそ800メートルという着陸寸前の位置での衝突でした。
レーガン空港には3本の滑走路がありますが、主に運用されるのは南北方向の滑走路1/19。3本の中でも全長が最も長い滑走路ですが、それでも2,200メートルと大型機材の離着陸に必要な基準は満たしておらず(国際線機材に必要とされるのは、通常3,000メートル以上)、国内線もしくは近距離国際線のみが就航しています。事故当日は北向きの運用で、滑走路1が運用になっていました。
もう2本ある滑走路はいずれも1,500メートル、1,600メートル級。短距離離着陸が可能な機材に時折、航空管制の要請に沿って15/33が使われることもあります。ただ全長が短いため、デルタ航空ではボーイング717以外の機材による離着陸は認められていません。(北東、南西方向の4/22は、現在ほとんど使われていません)
滑走路1への着陸進入は、ポトマック川上空を北上する経路になります。
通常運用可能な滑走路はこの1本だけ…しかしながら首都ワシントンから近くて便利な立地ということもあり、平日の離着陸頻度が異常なほど高いレーガン空港。1本の滑走路で離着陸を全て処理するとなると離着陸便数がかなり限定されるので、短距離滑走路への離着陸が可能な機材には、そちらへの誘導の機会を航空管制官は常に窺っています。(そうすることで、より多くの発着数を捌くことが可能になるため)
事故当日も航空管制の要請を受ける形で、滑走路1への着陸進入を始めていたにも関わらず、AA5342便は滑走路33への着陸進入を始めていました。
北北西に向けての着陸になるので、ポトマック川の東側へとやや膨らむ形で滑走路へと入っていきます。もし元々の着陸予定滑走路1への進入を続けるか、ポトマック川付近に訓練中のヘリコプターがいなければ衝突が起こることはなかったのですが…
実際には米陸軍所属のヘリコプターがポトマック川東側で訓練をしていて、川の上空で衝突…
痛ましい事故となってしまいました…ヘリコプター用経路では、衝突地点における指定高度は200フィート(約60メートル)以下と定められていますが、事故調査委員会の解析によると衝突時の高度は278フィート(ヘリコプター側)というデータが残っていたそうです。
旅客機にように過密な空域を飛行する機材には、空中衝突防止装置(通称TCAS:Traffic Collision Avoidance System)の搭載が義務付けられていて、接近速度が異常に高くなると警告が上がります。
旅客機の場合ですと近隣を飛行する他機の位置情報が航法装置画面上に表示され、異常接近の際には対象機が赤く表示されて、上昇、もしくは下降の音声指示が上がる仕組みになっているのですが、
機体の地上高が1,000フィート以下ですと、警告機能は封印され他機位置情報の表示のみになります。ですので、AA5342便内での警告音声指示は上がってなかったことでしょう。回避警告の音声指示があったとすると、衝突は回避できていたかも知れません。
独断と偏見にはなってしまいますが、裕坊が懸念するのはレーガン空港、ポトマック川周辺の空域があまりにも過密になりすぎていること。(青線がポトマック川とその支流。川の西側、緑色の枠で囲んだところにレーガン空港があります)
さらにはポトマック川のすぐ北には、ホワイトハウス、連邦議事堂庁舎などが位置し、飛行禁止区域までがあるので、必然的にさらに有用空域が狭まることになります(赤い線で囲んだ枠が、飛行禁止区域)。
旅客機の頻繁な離着陸とヘリコプター経路の併存。衝突が発生した地点のヘリコプターの制限高度は200フィート以下となっていますが、滑走路33への旅客機のその地点の通過高度は通常でもおよそ300フィート。間隔は100フィートしかなく、僅か30メートルという計算になります。旅客機に乗る立場で言うと、到底十分な間隔とは言えません…
裕坊自身このヘリコプター経路の存在を把握しておらず、以前勤務した航空会社ではかなりの頻度でレーガン空港を発着していただけに、ヘリコプター経路の存在をこのような形で知ることになったのは驚愕でした。
今後、事故調査委員会による更なる事故解析が進み、最終的な事故原因の発表とともに同事象の再現防止のための改善推奨策なども盛り込まれることになるでしょうが、空域に関する見直しと改訂作業は必須になるものと裕坊自身は考えています。
次回、3月にお目にかかります。

















































































































































































































































































































