yuichibow’s blog

ジェット旅客機の操縦席から外を眺めるお仕事をする人の日記

裕坊パイロット日記 1/27

米国航空会社に勤務する副操縦士、裕坊といいます。

 

今週のミシガン州は、久しぶりの降雪。水曜日は警報が発令されて、息子くんが通う高校も急遽休校になりました。

ちなみに休校が発表になったのは、登校直前の当日朝、6時30分……

 

 

愛妻ちゃんが大憤慨したのは、言うまでもありません……

 

 

目測でしかないですが、積雪はおよそ15センチほど…

前日までに勤務が終わっていたので、のんびりと降る雪を眺めていたのですが…

 

気温が氷点辺りをウロウロだったとあって、雪はたっぷりと水分を含み…

植木の枝がかなり垂れ下がって、玄関前を塞いでしまうことに…

 

夕方になって、除雪を始めました…

 

電気式の雪かき機。音が静かなので、近所への音を気にしなくていいのは助かるのですが、

吸い上げの力にはガソリン式には到底叶わないので、湿った雪だと効率はどうしても悪くなります…

 

やっとのことでガレージ前の除雪が終わった時には、すっかりと外は暗くなっておりました。

ちなみにこの時も、気温はゼロのまま…

 

 

この冬で1番激しい降雪があったのは、昨年のクリスマスの時でした。当日の出勤で大風邪を引いてしまい、40度の熱まで出していた裕坊…

 

バッファロー地区では1晩で2メートルの積雪を記録し、 夜遅くに到着していた各航空会社の乗務員たちは、空港の閉鎖によってホテルに1週間も足止め…

我が社の乗務員もレストランがないホテルでの滞在で、夕食のために吹雪の中を外出……命懸けだったらしいです…

 

 

しかしレストランも、よく営業してくれとったもんやわ…

 

 

影響を1番大きく受けていたのは、紛れもなくサウスウェスト航空。

 

他の航空会社と比較しても突出していた欠航便の数は、10日間で合計16,700便にも上りました。

 

足止めを受けた人で、各空港のターミナル内はごった返し、

 

荷主を失った荷物が、床じゅうに溢れ返って…

 

連邦航空局による調査が、サウスウェスト航空へと入る事態にまでなりました。

かく言う連邦航空局も、安全情報の発信障害を起こし、各航空会社の欠航を招く事態を招きましたが…

 

米国国内線に限っては大手3社に匹敵する便数を運航し、コロナ禍前は大手3社を凌ぐほどの利益率を誇っていたサウスウェスト航空。

真相の程は調査の結果が出るまで分かりませんが、大量欠航の原因は、乗務員のスケジュールを管理するコンピューターの機能障害が発端だったらしいです。

 

乗務員のスケジュールのみならず、各運航便に関する情報も蓄積され、各機体の整備状況なども収められ、それが密接にリンクし合っている各航空会社のコンピューター。

 

冬の嵐の到来とともに欠航便が相次ぎ、許容量を大幅に上回ってシステムダウン。結果的に大量欠航を招いた可能性は十分にあります。

ソフトウェアとともにハードウェアの許容量も大幅に刷新して、有事への対応も可能なシステムが要求される時期になったのは間違いないでしょう。

 

また今回の事態でも対処可能なソフトウェアの開発も急務だと、裕坊は個人的に感じています。

以前勤務した地域航空会社は、スケジュール管理専門の会社と提携して、乗務員スケジュール変更の際の自動通知システムを開発。乗務員スケジュール管理担当者の負担を大幅に一部では軽減することに成功したものの…

 

スケジュールの変更の作業そのものは、情報技術が発達したこの時代にあっても、全て手動で行われています。

3,000人の乗務員のスケジュールが変更が必要になった時には、3,000人分を全て手動で処理……

 

それを20人ほどの人手で処理するとなると、コンピューターの許容量以前に、担当者の許容量を超えてしまうことも必然…

スケジュール調整に当たっては、航空法上の拘束時間の規定、飛行時間の制限なども考慮しなくてはいけないので、コンピューターによる自動処理には障壁が多いのも事実…

 

もうしばらく時間はかかるでしょうが、スケジュール変更の自動化、各乗務員への自動通知の仕組みが確立されれば、効率はうんと良くなるはず…

ソフトウェア専門の会社と提携して、新しいソフトの開発も必然の時期、ともいえそうです。

 

自動化と聞くと、時々取り上げられるのが、航空機の操縦室の省力化。遂にはジェット旅客機のコックピットを1名体制にする、という計画が進んでいることも最近になって紹介されることになりました。

ドイツや英国、ニュージーランドなど40カ国余りが「パイロット1人の実現」に向け、国際専門機関の国際民間航空機関(ICAO:International Civil Aviation Organization)に支援を要請したのだそうです。それによると、パイロット1人制の実現目標は、2027年。

 

 

で、裕坊の個人の見解は、というと……

 

 

2027年での実現が可能かどうかはさておき、パイロット1人体制の実現は、『十分可能』。

それどころかむしろ『パイロットレスでの完全自動化』航空機の方が、将来は確実に安全になる、とまで断言しておきます。

 

ただこの項目は書き出すとかなり長くなるので、今後のブログで裕坊の考えを綴ってみたいと思います。

 

 

 

 

 

土曜日から、4日勤務へと出発です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕坊パイロット日記 1/22

米国航空会社で、小型旅客機を操縦している、裕坊です。

 

何事にも始まりがあり、終わりがある…遠い遠い遠い遠い彼方のような先を見れば、地球にも必ず終わりを迎える時というのはやってきます。

とは言っても、もちろんそれはまだまだ先の話。人類絶滅の最初の危機は、実は大気中における二酸化炭素濃度の低下が原因となってやってくるそうですが……

 

ただ様々な危機を乗り越えたとしても、遅くとも20億年後には徐々に輝度を増す太陽光線(1.1億年ごとに、太陽は1%輝度を増しています)によって、地球は水一滴すら残らない灼熱の大地になる運命…地球上に残っている生命は、痕跡すら残すことなく根絶してしまいます。

その時までに人類が手掛ける技術革新が十分に進んで、地球外惑星などに新たな住居が見つかることを期待しておきましょう……

 

 

って、いつの話をしてんねん……

 

 

航空機は目覚ましい勢いで技術革新が続き、最近では旅客機も2名体制が標準になり、ほんのごく一部に残る貨物機を除くと3名体制の航空機というのは、ほとんどが姿を消していまいました。

航空機の技術推進の経緯は、ボーイング747型機を参考にするととてもよく分かります。

 

上の写真が、3名体制のボーイング747−100型機で、下が派生型の400型、2名運航方式。

見た目には初期型は2階席が短く、新型の方が2階席が後方に延長になった程度で、大きな違いはないのですが…

 

操縦室内を一見すると、その違いは歴然…

小さなメーター類、計器類が所狭しと並んでいるのが初期型の特徴。

 

2名のパイロットが座る操縦席の後ろには、メーターやスイッチ類がズラリと並んだパネルが置かれ、

 

各機能の調整などを担う航空機関士と呼ばれる乗務員が座ります。

与圧系統や油圧系統、燃料ポンプの調整など、旅客機の運航に欠かせない各種機能を調整する役割を担っていたのですが、

 

それらの機能はコンピューターを始めとする自動装置に置き換えが進み、2名のパイロットによる運航が可能になって、

操縦室内もスッキリするようになりました。

 

パネルが除去され、日光もたくさん入るようになって、明るくなったコックピット。

ただし新機能満載の機器類は、製造時に搭載されるのが普通…

 

 

ところが……

 

 

古い機材そのままに、新しい機能を搭載することだって不可能じゃないやろ、と考えてしまった会社がありました。

世界最大の貨物航空会社フェデックス社(本社:テネシー州メンフィス)がそれ…

 

写真は日本の空でもお馴染みだったマクドネル・ダグラス社製のDC−10型機。

旧型タイプで、航空機関士を必要とする3名運航型の機体。

 

操縦室内にも、丸い計器類がたくさん並べられておりました。

それをあろうことか…………

 

本当に操縦室内を改造してしまった……

機体そのものには全く改造が施されなかったにも関わらず、新計器類の導入とともに自動化が大きく進んで、2名体制が可能になることに…

 

2名運航用に開発されていたMD-11型機とメーター類が共有化され、1つのライセンスでどちらの機材にも乗務が可能になった新しい貨物機は、

『MD−10』と名付けられることになりました。

 

こちらが改造後に導入されたMD−11と共有の計器パネル。

小さなメーター類がスッキリと1つの画面に収められ、当時としては画期的な技術革新の1つでもありました。

 

ちなみに裕坊が現在乗務しているボーイング717型機も、全く同じものを共有しています。

ボーイング社によるマクドネル・ダグラス社買収前の機体名はMD−95。当時の面影を色濃く残しています。

 

姉妹機的な扱いになったMD−11との違いはほんの僅かで、

主翼先端に切り立った補助翼(ウィングレットと呼ばれます)がないのが、MD−10の大きな特徴。

 

ウィングレット付きのMD−11。コンピューター制御操舵の尾翼を採用しているMD−11は、水平尾翼の面積も小さくなっています。

 

ただ平均機齢が40年と、経年劣化が隠せなかったMD−10型機。

ここ最近のフェデックス社の収益減も後押しする形になり、MD−10は昨年末をもって全機退役となりました。姉妹機のMD−11もボーイング777機による置き換えが進んで、近々の退役を控えています。マクドネル・ダグラス社が手がけた航空機が、またしても空の主役の座から降りることになりました。

 

そしてそれに変わるように、新たな歴史を刻むことになるかも知れない新旅客機のプロジェクトが立ち上がっています。

アメリカ宇宙航空局とボーイング社が提携しての共同開発で、

 

プロジェクト名は『サステイナブル・フライト・デモンストレーター(Sustainable Flight Demonstrator)』。

二酸化炭素排出量を削減した航空機の開発に取り組むのだそうです。

 

単列通路のナローボディ旅客機の開発から遠ざかって久しいボーイング社は、ライバルであるエアバス社に販売数で差を開けられつつありました。新たな商業機材の開発を目指したかったボーイング社にとっても、渡りに船…

でも裕坊の正直な胸の内を明かすと、このセグメントは大規模な市場を抱えているだけに、三菱には旅客機の開発を再開して欲しい〜…

 

 

 

 

新たなプロジェクト、ちょっと複雑な思いで眺めている裕坊です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕坊パイロット日記 1/17

米国旅客航空会社の小型機操縦担当、裕坊です。

3日勤務を終えて、またしても1日のお休みです。

 

前回の3日勤務の3日目は、カンザスシティからの出発。

裕坊自身、過去に全く記憶にないほどの暖冬を迎えている中西部。

 

青空が澄み渡る快晴のお天気が広がり、

冬の真っ只中とは思えないほどに気温も上がり、当日の気温は13度… 陽射しがとても気持ちよく、

 

出発前の外部点検では、半袖シャツ1枚で十分歩けてしまうくらいの暖かさでした。

 

3日勤務出勤時の写真。外の気温はマイナス2度だったものの、いつもなら積もっていてもおかしくない雪はなし…

 

昨年のほぼ同時期は、しっかりと雪が積もっておりました。

外の気温は、昨年のこの日はマイナス8度…今年は気温も氷点を上回る比較的暖かい日が続いています。

 

 

ただ各地で暖冬かといえば、必ずしもそうではなく…

 

 

例えば東シベリア地方の、ロシア連邦に属するサハ共和国の首都ヤクーツク

 

長期間に渡って寒波が居座り、とうとう1月15日には零下50度を記録… 零下60度にまで下がる可能性もあるのだそうです。

救急隊も屋外に出る時間を減らし、可能な限り家にいるように住民に呼びかけているのだそうですが…

 

街の市場などでは通常営業が続いているのだそうで…

 

強烈な寒さの中で自然に凍った大量の魚が店に並ぶと、人々も普通に買いに訪れるのだそうです…

ヤクーツク地方の方達にとっての寒さ対策とは…

 

とにかく暖かい格好をすることなのだそうです。キャベツのように何枚も着込むのだとか…

ヤクーツク地方の方でも『寒さとは闘えない』……

 

 

そんな冬の間に開催される日本を代表するイベントの1つといえば、

東京オートサロン

 

毎年1月第2週の週末に開催されている日本を代表するカスタムカーショーの1つ。今年の開催は、1月13日(金)から1月15日(日)。

チューニング雑誌の編集長さんが発起人になって始まったオートサロン(開催初期の名称は、エキサイティングカーショー)。

 

このイベントの主役たちといえば、既存の車の外観やエンジンを改装したカスタムカー。

 

エアロパーツをつけたカスタムカーといえば、シャコタン(車高を敢えて落とすこと)がお約束…

 

裕坊自身はかなりの車好きではあるのですが、実際はドがつくノーマル派で、エアロパーツを敢えてつけたことがあるといえば、アルミホイールくらい…

ということで、通常の東京モーターショーなどと違い、あまり注目したことはなかったのですが、

 

今年はさすがに豊田章男さんに目を奪われてしまいました。

 

『クルマ好きを誰ひとり、置いていかない』というコンセプトの中で発表された車といえば…

裕坊の世代であれば、男女関係なく一度は誰もが耳にしたことがある『ハチロク』。

 

カローラ・レビン(Corolla Levin)のLevinにEVと入っているのを捩って、ハチロク・レビンに電気モーターを積んでしまったそうです。(ちなみにお隣トレノに積んだのは、水素エンジン)

車重と重量バランスを崩さない工夫を凝らすために、電池は最小限の大きさにとどめているので、実車の航続距離は20キロほどだそうですが…

 

 

ただ『ハチロク』を見た途端、90年台のクーペ全盛時代を経験した裕坊の頭からは、時系列が完全に吹き飛んでしまいました…

 

 

というわけで、今日は裕坊が憧れていた車、乗り継いできた車をご紹介…

大学当時、1番憧れた車といえば、ハイソの代表車ともいえた日産・シーマV型6気筒の3,000cc。ほとんどの車がターボを積んでいて、その過給圧はとても高く、皆さん後部サスペンションをしっかりと下げて町中を走っておりました。

 

伊藤かずえさんが今も大切にされている車でもある、シーマ。

これは一度でいいから乗ってみたかった…

 

実際に最初に購入したのは、トヨタのクレスタ・スーパールーセント直列6気筒の2,000cc。かなりのアンダーパワーで坂道をまともに登らないシロモノでした…

中古車を5年落ちで購入したのですが、今振り返ってみるとフレームが明らかに歪んでいた…完全に事故車を掴まされていました。エンジン・ガスケットが飛んでしまい、しかもオルタネーターが使い物にならなくなって、1年ほどで結局は買い替え……

 

 

まだ車を見る目など持ち合わせていませんでした……若かった…

 

 

クーペ全盛時代だったとあって、買い替え時にはクーペに的を絞りました。

当時のクーペ車の代表車といえば、何といってもこちら、トヨタソアラ。初代も2代目も、その見た目はカッコよかった…

 

エンジンはクレスタと同じ直列6気筒2,000cc。3,000cc版も用意されていたのですが、トヨタ車の当時の直列6気筒は噴き上げが悪く、どちらもかなりのアンダーパワーでしたので、形的には気に入っていたのですが結局は見送り…

 

そこで真剣に検討したのが、ホンダ・プレリュード。

リトラクタブルライトが採用になった2代目、

 

そしてモデルチェンジとともにバンパー回り、ヘッドライト回りに丸みを帯びた3代目。

 

後部ライト付近もかなり洗練されていて、真剣に購入を考えたのですが…

 

当時のホンダのマニュアル車といえば、クラッチの遊びが極端に少なく、運転特性にかなりの癖があり、結局はこちらも見送り…

 

形的にはすごく気に入っていたプレリュード…

 

ダウンサイジングして、購入に至ったのはこちらでした。

AE92型のカローラ・レビン。

 

当時姉妹車のリトラクタブルライト採用のスプリンター・トレノとともに検討した上で、

 

なぜかパワーウィンドウ『なし』のレビンに乗っていた裕坊。窓を開けるたびに、肩を動かさない「工夫」というものを凝らしておりました…

しかも買ったのは、オートマ車

 

 

なんでやねん……

 

 

やっぱりクーペにはマニュアルで乗りたい…

ということで、レビンは当時大学へ通っていた弟へと譲り、ほとんど衝動買いで購入してしまったのが、こちら…

 

日産シルビア・5代目S13型。

 

姉妹車であるSX-180はターボ搭載型に限定されていたのに対して、

 

ターボ付きとともに用意されていたのが、自然吸気2,000ccエンジンを積んだシルビア。

AE92型のレビンが前輪駆動だったのに対して、走り屋にはたまらない後輪駆動。土屋圭市さんに憧れて、ドリフト走行にまで挑戦した当時…

 

唯一外見をいじったのがS13シルビアで、純正ホイールを付け替えて数インチホイールを拡大し、

山道を何度も走って、お巡りさんに2度ほど行く先を止められたことも…(もう時効やから、ええやろ…)

 

元々はセダン派の裕坊。どうしても心残りを残したくないセダンもあり…

 

サラリーマン時代の最後を過ごしたのがこちら… 三菱ディアマンテ。

裕坊のゆかりの地である岡山で、愛妻ちゃんに出会ったのがこの頃…

 

愛妻ちゃんを連れては、ディアマンテでよくお出かけをしておりました。

その愛妻ちゃんと、今度の勤務ではフライトデートを計画中。

 

 

 

 

 

 

その4日勤務へと、水曜日に出勤です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕坊パイロット日記 1/13

アメリカ南部に本社を置く航空会社に勤務する、裕坊といいます。

3日勤務を終えて帰宅、1日の束の間のお休みをいただいています。

 

こちらの写真は、3日目最終日、デトロイトに帰ってきた時の空港内。

既に11時を回っていて、出発便は一部を除いて全て出発済み…それでもなぜか賑わいを見せているマクナマラターミナル…

 

当日はシカゴ・オヘア空港から3便を担当でした。

出勤時の様子。

 

シカゴではダウンダウンのホテルに滞在しているので、送迎シャトルには空港出勤時刻の1時間前に乗っています。

渋滞さえなければスイスイで、空港までに要する時間は20分。

 

渋滞に引っ掛かると、1時間…

 

昨年11月にデルタ航空は、中央ターミナルから国際線ターミナルへと発着ターミナルが移転しました。

保安検査場を通ると、国際線主体の旅客ターミナルらしく、免税店の横を通ります。

 

最後に残っていた敷地に半ば無理やり建設したターミナルということで、縦長に建設せざるを得なかったMコンコース…

 

ターミナルの周りを一周する航空機用の誘導路と、ターミナル間を結ぶ鉄道の間に建設されているので、電車が窓のすぐ横を通り過ぎて行きます。

 

駐機場の敷地も極端なまでに狭く、飛行機を押し下げるとすぐ横には航空機用の誘導路があり、主翼先端を気にしないといけない立地。

そんな中をほぼ定刻に出発し、

 

一旦デトロイトを経由して次に向かったのが、

 

ハドソン川を挟んでニューヨークのすぐ西、ニュージャージー州にあるニューアーク空港。

 

お天気が下り坂だったとあって、1時間半遅延での到着でした…

 

ニューアークから各地に向かう便も、機材の到着遅れで大幅遅延…

開港当時のターミナルがそのまま残るBターミナル内。

 

既に午後9時を回っていたのですが、出発便待ちの乗客の皆さんで、ごった返しておりました。

この時の日付は1月12日(木)。

 

その前日の1月11日(水)の朝、日本でもニュースになったアメリカの航空業界の話題といえば…

航空管制による航空安全情報(NOTAM(Notice to Airmen))の発信障害が原因になって起こった、航空機離陸停止措置…

 

安全情報発信障害は2時間ほど続き、早朝便を中心に欠航が出て、午後にまで影響が続くことになりました。

 

デトロイト空港でも早朝2便のアトランタ行きが10時まで出発できず、しばらく足止めになったらしいです。

この影響で全米で1,343便が欠航、10,103便が遅延する事態になりました。

 

昨年末のクリスマス休暇時には、吹雪が原因で各社遅延が相次ぎ、

 

中でもサウスウェスト航空に至っては、ほぼ1週間で16,000便もの欠航便を出し、

 

米国運輸局長官ピート・ブティジェッジ氏が、サウスウェスト航空の運航管理体制の監査を始める、とまで言い始める始末…

ところが、今度は自らが指揮する組織の手違いが災いして、国全体の航空管制業務に支障を来たす事態に発展し…

 

自らが批判に晒されることに……

 

ただこのブティジェッジ氏、2021年2月にバイデン大統領によって運輸長官に正式に任命されてから、連邦航空局が管轄する安全に関する情報の刷新に尽力してきた人物でもあります。

その努力が結実するか、ブティジェッジ氏の腕前やいかに……

 

ところで、そもそも航空安全情報、NOTAM(Notice to Airmen)ってなんぞや?

これは定期的に発行される空港情報、空域情報を補完する情報のことで、定期発行の情報と同じく連邦航空局が管轄します。

 

定期発行で発信される情報は2週間おき、もしくは4週間おき。

例えば上の図は、定期的に発行されるデトロイト空港の案内図。滑走路や誘導路、旅客ターミナルの位置までが掲載されていて、こちらは4週間おきの発行になります。

 

NOTAMは、滑走路や誘導路などが閉鎖された時に、案内図を補完する目的で発行されます。書式はほぼ例外なく文面式…

どうやら職員の1人が情報を管理するコンピューターの立ち上げの手順を間違ってしまって、システム障害に陥り、航空機の運航に大きな支障を来たしてしまった、ということでした。

 

コンピューターが古く情報許容量が限界に近づいていた、ということだったようですが、

パイロットの立場で言わせてもらえるなら、告知方式そのものも改善して欲しい、という本音を抱えています。

 

文面のみでの告知になり、しかも通常の運航には全く支障がない情報までが溢れかえるので、ニューヨークやシカゴの大規模な空港での発着便にもなると、出発前の書類も膨大なもの…

情報そのものが大切だとは分かっていても、量があまりにも多すぎると見逃してしまう…

 

ブティジェッジ氏はこの仕組みも改善したい、とのことですので、ちょっと期待しています。

 

 

 

 

 

 

束の間の1日のお休みもそろそろ終わり。次の3日勤務へ出勤です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕坊パイロット日記 1/8

米国航空会社で、副操縦士を務める、裕坊といいます。

2023年になりました。

 

昨年は世界各地で燃料コストによる影響を始めとして物流コストが大幅に跳ね上がり、釣られるように一般の食品価格までもが大幅上昇…

スーパーへ買い物へと出かけても、日本円で1万円はおろか、2万円を超えてしまうことすら当たり前の、数年前では考えられなかった日常が続いています…

 

2桁を超える尋常ではないインフレを抑え込むのに、米国連銀は必死で公定歩合を上げ続け…

その利率の上げ幅は、2022年の1年間の間だけで7%を超えるという、通常ではあり得ない上昇幅でした。

 

これだけの利上げの後に待っているのは、恐らく避けられないであろう大幅な景気後退…

IT先進企業では、1万人を超える尋常ではないリストラの荒波が吹き荒れ…

 

貨物最大手のフェデックス社では、ワクチン輸送量の大幅減退の影響もあって、ほぼ全部門で新規採用は停止…

 

航空機部門では16機が、しばらくの間運用停止されることになりました…

 

こんな時、一般サラリーマンの立場である裕坊にできることといえば、 お仕事がある間、できることに精を出して蓄えをしておくことくらい…

そんな中、この年末は40度近い高熱で動けずじまいでした。

 

お正月はひたすら体力温存の日々…熱こそ平熱に戻ってはいたものの、息切れする感じが残る中での、半ば無理やりのお正月明け4日からの出勤でした。

 

そんな中、初日にやってきていたのが、近距離路線が圧倒的に多いボーイング717型機にあって、珍しくアトランタから2時間を要するテキサス州ダラス。

 

ただし就航しているのは、ラブフィールド空港。

サウスウェスト航空が、会社創立当時に運用を開始した空港の1つで、サウスウェスト航空では、今もラブフィールド空港が、拠点の中心になっています。

 

大手航空会社による発着はほんの少しで、目に入る旅客機といえば、ほとんどがサウスウェストのボーイング737

裕坊にとってデルタ航空入社後、2度目のテキサス州来訪となりました。

 

空港の改装工事が終わって、すっかりと新しくなっているラブフィールド空港内。

 

改装後のスターバックスも一新されています。

 

宿泊したのは、ダラスのダウンタウン中心部のホテルで、

 

すぐ横には市内電車も走っておりました。

 

実は翌日の出勤が夕方5時という、比較的長時間の宿泊滞在が入っていたのですが、そんな中、

長らくお付き合いをさせていただいている日本人家族の方が、裕坊を訪ねてきてくれていました。

 

息子が小学校に通っていた時からのお付き合い。

しばらくミシガン州に在住していた方ということもあり、話は尽きることがなく、コーヒー片手のあっという間の時間…

 

たまにでいいから、やっぱりこんな時間が欲しい…

そんな思いを満たしてくれる時間を、たっぷりと過ごさせてもらいました。頑張ってお正月中、体力を温存した甲斐があった…Y家の皆さん、当日は本当にどうもありがとう。

 

夕方4時半過ぎのシャトルにて、ラブフィールド空港へ出勤の2日目。

 

しばらくデトロイト周辺ではお目にかかれていない、快晴のお天気でした。

 

夕方日が暮れる頃の出発。

 

当日はアトランタを経由し、ニューヨーク州とはハドソン川を挟んで反対側に位置するニューアークまでやってきての宿泊滞在。

 

翌日の出勤時の1コマ…

 

ニューアーク湾越えの橋を渡っての出勤でした。

 

そして夜には、以前勤めた会社で毎月一度は訪れていたカナダ最大の都市、トロントまで。

すっかりと日常の賑わいを取り戻しておりました。

 

そして4日勤務の最終日となった土曜日。

 

こちらは前日夜トロントへと到着して、最終外部点検をしていた時の写真なのですが、

 

お隣に停泊していたのが、先にやってきていて到着していたリージョナルジェット機。

裕坊をエアラインパイロットとして育ててくれた、裕坊の心の中での名機中の名機。

 

最終日は、まさにこの機体の客席へ搭乗しての、デトロイトへのフライトでした。

 

この便では、かつて同僚として何度も一緒に勤務した女性が客室乗務員さん…

ここでも旧交を温めることになりました。

 

たまには、こんなご褒美があってもいい…

心からそう思わせてくれた4日間でした。

 

 

 

 

 

 

2日間のお休みをいただいて、しばらくまた多忙なスケジュールへと突入します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕坊パイロット日記 2023/1/1

米国内航空会社にて、操縦士を務める裕坊と申します。

新年明けましておめでとうございます。

 

裕坊自身の昨年末の締めといえば…

デトロイトダウンタウンにある、デトロイト・オペラハウス…

 

ちなみに、1922年に創立のデトロイト・オペラハウス。昨年創立100周年を迎えたんだそうです。

 

建立当時の厳かな面影をそのまま残す、オペラハウス。

 

こちらは当日の公演開始前の舞台の様子。

 

エチオピアとエジプトを舞台にしたオペラ『アイーダ』を鑑賞しました。

両国による領土戦争の中で描かれる、成就されることがない儚い恋愛の物語…

 

イタリア語による公演で、会場では字幕で歌詞が紹介されておりました。

ちなみに歴史上エチオピアにはエジプトとは交戦の記録はなく、イタリアとの2度の交戦の記録が残っています。

 

当日は気温が2桁まで上がり、それまでに降り積もっていた雪は、すっかりと溶けてしまっておりました。

公演は12月30日(金)。雨こそ降り続く1日にこそなったものの、

 

それまでしばらくの間のアメリカ大陸といえば、ほぼ全体が爆弾級の低気圧に覆われ……

各地で暴風、豪雨、豪雪に見舞われる事態になっておりました。

 

中でも影響が大きかった都市の1つが、ニューヨーク州西部のバッファロー

 

エリー湖オンタリオ湖の真南に位置する立地的な影響もあって、豪雪はほぼ1週間にわたって止むことがなく、

 

空港は12月23日(金)から、翌週水曜日までほぼ1週間に渡って空港が全閉鎖になり…

その影響で旅客航空便も全便欠航……

 

前夜に到着していた乗務員たちも足止め…

 

ほぼ1週間に渡って、バッファロー空港周辺の宿泊施設に缶詰になってしまいました…

足止めを受けていた各乗務員たちは、昼食、夕食の確保も命懸けだったそうです…

 

そんな中お天気の影響が徐々に和らぎ、通常の運航ダイヤへと戻りつつあった各航空会社の中にあって、

ダイヤが戻らず、しばらく欠航便が続いて、大混乱が続いていたのがサウスウェスト航空。

 

1日平均で2,500便の欠航という異常事態がしばらく続き、12月22日(木)から12月29日(木)における欠航便の総数、ほぼ16,000便に上りました…

 

各空港ターミナルには、預け入れの荷物が床じゅうに溢れまくり、

 

従業員だけの対応では到底間に合わず、乗客同士がタグに付けられた番号を掛け合うなどして連絡を取り合ってまで対応せざるを得ないほど、てんやわんや……

 

そんな中にあって、何とかスケジュールを順調にこなしていた裕坊…

デルタ航空でも欠航便は相次いでおりました。

 

何とかクリスマスでの移動を控えたお客様にも微力ながら貢献をしていたのですが…

猛吹雪の中での外部点検などが体を冷やしてしまっていたのか…

 

クリスマス直前になって、40度近い高熱を出してダウン……高熱が数日続いて起き上がることすらできず…

10日連続で予定していた出勤のうち、後半の4日勤務は残念ながら全休…

 

まだ肺の辺りに違和感が残るものの、

 

何とか自身54回目のお正月を、アメリカにて迎えることができました。

今年の裕坊の目標といえば……

 

 

 

新しいことは何一つできなくていい……とにかく、病気をしないこと……

 

 

 

今年も宜しくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裕坊パイロット日記 12/21

米国航空会社で、短距離路線に従事する、裕坊といいます。

年末年始の繁忙期に合わせて、1日のお休みを挟んで、10日連続のフライトへと出かけています。

 

別名をノーイースター(Nor‘easter)とも呼ばれる、ブリザート級の猛吹雪が東海岸へと近づきつつあるアメリカ大陸。

今回は低気圧が広範囲にアメリカ大陸を覆い、中西部のミネアポリスなどでも積雪の予報が出て、既に欠航になる便も発表になりました…

 

そんな中アメリカにおける年末年始、通称ホリデーシーズンと呼ばれる休暇が本格的に始まるのは、クリスマスから。

今回の勤務は、シカゴでの宿泊滞在から…

 

デルタ航空は、シカゴ・オヘア空港では長らく発着していた第2ターミナルEコンコースから、発着ゲートを国際線用ターミナルへと11月に移転したのですが、

コンコースの中央には、免税品店も充実…

 

早い休暇を取得して家族の元へと向かう人の数も多く、到着口は海外からやってきた大きな荷物を抱えた人で、すごく賑わっていました。

もちろんシカゴ観光目的で訪れていた方もいたでしょうが、

 

恐らく多くの人が向かっているのは、 家族や親戚の元…

 

家族親戚との繋がりを特に大切にするアメリカ人にとって、クリスマスシーズンとは俗に言うファミリー・リユニオン(Family reunion)の季節。

何家族もの親戚中が一軒に集い、家族団欒の時間を過ごします。

 

数十人が一堂に集うことも珍しいことではなく、1年ぶりにひと時を過ごし、

 

写真には、たくさんの笑顔が映し出されます。

海外からであったり、州外から集まってくる人の数も少なくなく、航空便を利用する人で旅客機はこの時期は大混雑。特にコロナ禍明けとも言える今年の年末年始は、しばらくぶりに会えなかった家族親戚の元へと向かうため、各機体の稼働率は最大になり、搭乗率もほぼ100%に近い状態になっています。

 

どんな人でも、この家族親戚の中に加わりたいのですが…

この輪に加われない人も、残念ながら存在します……

 

その代表とも言えるのが、一度出勤するとしばらく地元を遠く離れ、数日フライトへと出かけたままになる航空会社の乗務員たち…

家族や親戚が集まる輪の中に加わることなく、ずっと出先で飛び続けます…

 

親戚じゅうで撮る写真の中には自分の姿はなく、

そんな写真を見るにつけ、周囲にはどんな笑顔を見せていようとも、どんなに意気軒昂に振舞っていようとも、心の底で襲われてしまう孤独感…

 

家で待っている家族たちだけで親戚の元へと向かうことはできるものの…

『あなたの旦那さん、今回も来れなかったの?そういえば、あなたの所の旦那さん、パイロットだったものね…』 幾度となくこう言われ続けて辛い思いをする奥さんや子供たち……

 

次第に親戚から心が離れてしまうことも少なくないそうです…

2019年には、アメリカの航空会社の乗務員、特にパイロットという職業に就いている人の75%が一度は離婚を経験しているという、衝撃的なデータが上がったこともありました。乗務員の家族が抱える過酷なまでの現実を、如実に物語っています。

 

アメリカの航空会社のスケジュールは、純粋なまでに社内在籍歴によって全てが決まります。通称シニオリティ(Seniority)と呼ばれ、会社在籍歴が長い者から優先して、自ら希望するスケジュールを選択します。

在籍歴が長ければ長いほど、自ら希望する休日を取得し、中にはクリスマス前の1週間前から有給休暇を取得したりなど、12月は前半2週だけ勤務してホリデーシーズンを悠々と過ごす人もいるのですが、

 

多くの乗務員たちは、出先でのホテルで1人で過ごすことも少なくなく、

むしろそんな時は、仕事をしている時の方が気が紛れるほどです。

 

裕坊は今年は転籍による移動で、6月から正式にデルタ航空の社員になりました。

子会社から親会社への移動でこそあったものの、新しい職場では新入社員…

 

ですので在籍歴に関して言うなら、ゼロからの再スタート…

 

新人研修での座学講習には60名が在籍する大所帯でしたが、全員例外なくクリスマスはフライトが組み込まれていて、ホリデーシーズンに休暇を取得しているのは一名たりともおりません…

 

こちらはフロリダ州デイトナビーチ空港での、外部点検中の1コマ…

アトランタからの往復便でしたが、両便とも完全に満席になっていました。

 

1日の勤務が終了し、ホテルへと向かう途中の、閑散とした旅客ターミナル内…

 

その制服姿などから憧れる人も多いとされる、航空会社の乗務員。一見華やかにも見える職業なのかも知れませんが…

ちなみに、写真は裕坊本人です。

 

地元を離れる機会が多く地元との結びつきでさえ希薄になって、孤独を感じる場面も少なくない航空会社の乗務員。

顔では笑っていても、心の中では泣いていることも少なくありません…

 

ただこの宿命を知っていて、乗務員となることを選択したのも乗務員たち本人…

アメリカの航空会社の乗務員である以上、例外なく誰もが一度はこの道を通ることになります。

 

デルタ航空への転籍を決断した時点で、既にこの宿命を負っていた裕坊…

自ら選択した人生。心への負担は大きいですが、これを乗り越えることも乗務員ならではの宿命です。

 

 

今年のミシガン州東海岸地方は雪の予報。

 

 

 

 

ホワイトクリスマスになりそうです。