yuichibow’s blog

ジェット旅客機の操縦席から外を眺めるお仕事をする人の日記

裕坊パイロット日記 5/21

皆さんこんにちは、航空会社フラリーマン、裕坊です。

先日の日曜日に5日間連続に渡るフライトをこなし終えて、月曜日、火曜日と2日間の休養を取る裕坊。明日水曜日からは4日間のフライトをこなし、そのあと1日にお休みを挟んで、また5日間のフライト、1日のお休みを挟んでまた4日間と、佳境に入っております……

 

ただ次の4日間のフライトは、宿泊滞在先でかなりゆっくりできるのが、かなり救い……………

 

 

さて今日の話題はというと、実はパイロットの方なら、現役ラインパイロット、飛行教官、訓練生、或いは未来のパイロットの方も含めて、是非シェアしておきたいと思い、今日のブログに載せることにした『ウィンドシェア(Wind Shear)』のお話。

 

『ウィンドシェア』とは何ぞや…………?

 

 

「ウィンドシェア」とは、気象学的には、風の方角、速度、の急激な変化のことを指します。 下の図でいうと、横線より上では風速は20ノット(およそ毎秒10メートル)で、下が10ノット(毎秒5メートル)となっていて、

その境を飛行機が上昇していったり下降していったりすると、急激な風の変化を航空機も同様に通り抜けることになるのですが、実は航空機にとって、これが致命的になることがあるのです。

 

急激な風向風速の変化とともに、急激な揚力の変化も生じます。なぜなら、飛行機の揚力、すなわち主翼による機体を浮かせる力、というのは、主翼上面の風の速さの2乗に比例するから。向かい風が急に強くなれば、揚力は劇的に増すことになり、逆に向かい風が急に弱くなると、飛行機はその揚力を急激に失うことになります。

 

着陸進入中に急な風向風速の変化で揚力を失うとなると、しかも、それが滑走路から1キロと離れていない状態だったとしたら……………

 

かつてそれで大事故を起こした航空機がありました。1985年8月2日に、ダラスフォートワース空港への着陸進入中に起きた、デルタ航空191便(ロッキードL−1011、トライスター)の墜落事故。

テキサス州は、特に夏の間は、世界中でも積乱雲天国と呼ばれるほどに、積乱雲が頻発します。そして着陸進入時に発生していた積乱雲の中に入り込んだ191便。

 

機長は速度の急激な低下に気付いて、操縦桿を握っていた副操縦士にエンジンを全開にするよう指示。副操縦士もエンジンを目一杯前に押し上げた状態にしていたものの、エンジンの出力は、急激な速度低下、揚力喪失からの回復に必要とするまでには上がることなく…………

乗客乗員164名中、136名の方が亡くなる大惨事となりました……

 

 

ウィンドシェアが起こる原因やパターンは、大きく分けると4つほどになるのですが、その中でも最も多く発生しやすいと言われるのが、『マイクロバースト』と呼ばれる、積乱雲を伴った強力な下降気流が発生させるタイプの「ウィンドシェア」。

 

多くの雨粒を含んだ積乱雲は、下降気流の力も強くなる傾向があり、強力な下降気流が吹き付けると、一旦地面まで届いた時点で、風が一気に四方へと広がります。

 

そしてその下降気流を航空機が通過すると、

この図を見ていただいてもお分かりの通り、最初は風をほぼ正面に受けて揚力が増し、その後下降気流の直下を通過して、それが追い風に変わります。追い風を受けている状態では、主翼の上面に流れる風の量は減り、揚力が失われますから、最悪の場合機体の重量を支えることができずに、高度を下げることになり、地面へと叩きつけられてしまうのです。

 

基本的には積乱雲は、たとえ強力な下降気流が発生していなくても避けるのは、航空界では鉄則。大きな稲妻が走っていたり………

 

大きな雷光が見えている中に入っていくのは、自殺行為そのもの………

 

積乱雲に含まれる雨粒はとても大きなものになりやすく、レーダー画面にも映りやすいので、こういった画面が見える時には、パイロットは針路を変更するように管制官に要求します。

管制官も、積乱雲が発生している場合は、その雲を避けるように普段であれば誘導するのですが………

 

先日の金曜日の裕坊のフライトでは、特別大きな積乱雲というのは発生していませんでした……

レーダー画面を見ても、映っていたのは大きな雨雲一つだけ。ただ、その雲が裕坊の担当便の到着空港であるシンシナティ空港への着陸進入経路を、完全に覆う形になっていたのです……

 

外を見渡すと、これに似たような雨雲。積乱雲というよりは、日本語でいう乱層雲(Nimbostratus)に近い印象。水蒸気をかなり吸い込んでいたようで、光を完全に遮っておりました。

 

ただ降水もあり、着陸進入経路は、視界が完全に遮られていて、雨雲の向こう側には滑走路が見えなくなっている状態……

シンシナティ空港は、南北方向に滑走路が3本、そしてそれと直角に交差する滑走路が1本ある構造になっているのですが、西方向へと着陸する進入経路には、一切雨雲がかかっていませんでしたので、そちらの進入経路を航空管制にお願いしたかったのですが、

(赤色が着陸進入を試みた経路で、青い線が裕坊が希望していた着陸滑走路)

たまたま到着便が重なっていて、無線は到着便と管制官のやりとりで混雑していて、とても航空管制には滑走路の変更をお願いができる状態にはなく………

 

結果的には雨雲の中に入ることに………

実際には裕坊が操縦する航空機に先立って、2機が雨雲を通過。1機はデルタ航空B737型機、もう一つはATIという貨物航空会社が所有するB767型機。雨雲の中は、降水こそ激しいものの、特に大きな揺れもないとの、先を行く航空機からの報告……

 

ただ雨雲の向こう側は、視界が遮られて完全に見えない状態にはなっていたので、安心はしてはいませんでした。強い降水の中をくぐり抜ける時には、飛行機の速度も上下しやすい状態に陥りやすく………

 

 

ある程度、心の準備こそしてはいたものの……………

 

 

ウィンドシェアの警告メッセージ……………

WINDSHEARと赤い警告のメッセージが、表示されているのがお分かり頂けると思います。

 

現在では、定期便を運航する航空会社の整備点検項目を管轄する連邦航空法125条で、全ての定期運送用の航空機へのウィンドシェア警告発生装置の装着が義務付けられており、その装置が作動することになりました。 この警告が計器画面上に上がり、すぐにゴーアラウンド。推力を上げて、着陸をやり直し。この時は雨雲の動きが速く、着陸復行後は、1番西側にある滑走路36Lへと着陸して、事なきを得ました。

 

 

裕坊、エアラインのパイロットとして飛び始めて13年。機長に昇格してから今年で7年。初めての経験でした。

 

 

幸いだったのは、雨雲が発生していたのが、滑走路着地地点からは5マイル以上、およそ10キロほど離れていて、まだ裕坊が乗る飛行機の速度が着陸目標速度に比べるとまだまだ高かったこと。そしてフラップと呼ばれる離着陸時に使用される補助翼が、完全には出切っていない状態だったことでした。

これは着陸時に使用する補助翼が出た状態を見ることができる写真。

 

ジェット機では、ある程度低速での(それでも平均的に時速230キロというスピードは出ているのですが)離着陸を可能にするために、離着陸時には補助翼が使用されるのですが、着陸時にはこの補助翼がほとんど完全に出切った状態になります。 裕坊が乗っているCRJシリーズの場合、着陸時に出ている補助翼の角度は45度で、その時の時速はおよそ135ノット。平均的に時速240キロで着陸。

 

先日の裕坊フライトでは、まだ着陸滑走路から10キロ離れていたこともあり、この時の補助翼の角度は30度で、その時の時速は170ノット。エンジンからの推力にも、補助翼の角度にも、速度的にもまだまだ余裕がある状態でした。

 

でももしこれが滑走路に近い状態で、速度が遅い状態であったとしたら……………

 

 

今回はまだ比較的余裕があった状態でしたが、いい教訓にしたいと思います。

 

 

パイロットとして、もう一つ教訓にしておきたいこと。バーガ(Virga)…………

よくバーガが見える時は、その近くを避けろという、パイロットの間でよく言われる決まり文句があります……

 

バーガというのは、そもそもどういうことか、というと………

 

上の写真からご想像いただける通り、降水状態でありながら、その降水が地上まで届いていない気象状態を指します。早い話、地面に雨や雪が届く前に、暖かい地上の気温が原因で、雨水などが蒸発してしまっているのですが、

これは大気が不安定なことを示します。雨雲から降った雨が蒸発するということは、雨粒が急激な温度変化の中を通過しているからこそ、起きる現象。大気が安定している時は、高度差による気温の変化が少なくなる傾向があるのです。バーガが起こっているということは、それとは反対のことが起きている証拠……

 

特に上空の気温が氷点下以下の場合、雨粒も大きくなる傾向があり、その中を通過すると……

 

主翼を初めとして、航空機のあちこちで着氷……

大気が不安定な状態では、積乱雲も発生しやすいですから、バーガが観測される状態では、その雲は避けるのが賢明です。

 

パイロット生活13年、まだまだ学習することは山ほどあります。

 

 

明日から裕坊、4日間のフライトへ出発です。