yuichibow’s blog

リージョナルジェット機の操縦席から外を眺めるお仕事をする人の日記

裕坊パイロット日記 6/14

皆さんこんにちは、航空会社フラリーマン裕坊です。

中身の濃い6日間のフライトをこなして5連休に入った裕坊。幼少の頃、お正月3が日以外はほぼ毎日馬車馬のように薬局経営に奔走する父親の背中を見て育ったせいか、少しでもヒマがあると休日返上で取れそうな仕事を探してしまう裕坊。先月末には飛べそうなフライトを狙って乗務員配置課へと申請を出します。その度に返ってきたのは拒否の返事。

「仕事はさせてやりたいけどな、残念やけど、法律の規定を超えとるんや」

ウソやろ……………………ちゃんと計算して………………………………………あ、ホンマや…………………

アメリカの旅客航空業界における就業規定、総飛行時間と拘束時間に関する法律は連邦航空法第117条にしっかりと定められています。

今月引っかかってしまったのが、この表には記載されていませんが28日以内に100時間の総飛行時間を超えてはいけないという規定。エンデバー航空では、出発後の地上待機などの不測の事態が入った場合を想定して、98時間を超えるスケジュールを組まないという決まりになっています。既に2日間のフライトをピックアップしていた時点でほぼ97時間。それ以上は……………まーしゃーない……………

先月末には有給を取って10日間ほどのお休みはいただきましたが、有給使わず5連休など取るのは久しぶり………………………ただおかげで駐在さんが企画しているゴルフの集まりには参加させていただけることになりました。

朝は8時前に年度末の追い込みに忙しい愛妻ちゃんと、既に通常の授業が終わってしまって学校で何してるんや状態に入っている息子くんを見送ります。お天気いいし、ゴルフの練習に行きたい………………起き上がれん………………………芝生また目一杯伸びとるなー、そろそろ刈らんと……………………やっぱ起き上がれん………………………愛妻ちゃんは年度末の追い込みで忙しいし、台所に食器溜まっとるなー、食洗機回さんと……………………………

こちらはさすがに後回しにするわけにはいかず、お昼頃頑張って起き上がりました。しかし、本当に体力がなくなってしまった…………………………

薬局一家に育った裕坊。何の疑いもなく薬学部のある大学へと進学。現在は6年制になった薬学部ですが、裕坊が通った当時の薬学部といえば4年制。裕坊の通った大学には薬学部内に2つの学科(薬学科、製薬化学科)があり、そのうち製薬化学科は男子のみ。中学高校と6年間男子校へと通って女性の教室内の存在に飢えに飢えていた裕坊。入学願書に記載されていた希望欄にはハッキリと薬学科希望を明示。その願書には「もし薬学科に入れなかった場合、製薬化学科への入学を希望しますか」の項目がありますが、そこにもハッキリと「希望しません」。

卒業後は製薬会社に入社して九州北部を担当。ちょうどバブル崩壊直後だったこともあり、各製薬会社の営業部門は裕坊と同年代の入社したての社員で溢れています。同年代の若者同士が集まり、とにかくあの当時はよく遊びました。同業他社の営業マン、お得意先の薬局店員、卸売業者の担当者などで集まってはスキーにゴルフに遊園地、九州内でも高千穂、霧島、阿蘇、宮崎などを回ったものです。

スキーに行くときは大抵金曜日の夕方ごろ集まり、数台の車に分かれて出発。目指すは広島県北にあるスキー場。

深夜2時や3時といった時間に到着。同じように夜の間に着いていた車の列に混じり、皆車内泊。5時くらいになると起き上がってスキーを1日楽しみ、その日は近くの民宿に泊まって次の日はお昼過ぎの3時ごろまでスキーを楽しみ、また数時間をかけて九州まで戻るという大行脚。今そんなことしようものなら………………………裕坊、絶対卒倒……………………………1泊2日のシカゴまでの車の旅行ですら帰りはたびたび休憩を取る裕坊。2泊3日の強行スキーなんて、今じゃ絶対ありえん…………………………

ほぼ四半世紀昔の思い出です。ちったー、体力つけなあかんな………ということで、今晩はビタミンたっぷりの豚肉、大きな塊をオーブンでしっかり焼いて、これから夕食をいただきます。

 

裕坊